和歌と俳句

齋藤茂吉

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風の吹く まともにむかひ わがあゆみ 御園の橋を わたりかねたる

枇杷の花 白く咲きゐる み園にて 物いふことも なくて過ぎにき

よわりたる 足をはげまし 歩み来て わが友の肩に 倚りゐたりけり

みちのくの 蔵王の山に 雪の降る 頃としなりて われひとり臥す

茫々としたるこころの 中にゐて ゆくへも知らぬ 遠のこがらし

あめつちの そきへの極み 遠々し 空しき涯に 風の吹くおと

とつ國の 河に砲の音 とどろけり 運命の行く もののごとくに

ねむりより 醒めたるわれは うつつなく 天に感謝す おほけなけれど

冬の魚 くひたるさまも あやしまず 最上の川の 夢を見たりける

おとろへし われの體を 愛しとおもふ はやことわりも 無くなり果てつ

大栗の實を ひでて食むまむと このゆふべ 老いたるわが身 起きいでにける

みちのくに 吾いとけなく 居りたるが わが父母も 心にありて

幼子の 泣くこゑ聞こゆ 母を呼ぶ そのこゑきけば 母にこだはる

わが孫の 章二といへる をさな兒を めぐしとおもふ この朝よひに

わが家の 猫は小さなる 鼠の子 いづこよりか捕へ来りて食はむとす

辛うじて 机のまへに すわれども 有りとしも無し このうつしみは

わがかしら おのづから禿げて 居りしこと さだかに然と 知らず過ぎにき

白き鶴 空に群れたる おもかげを まさやかにして ひとり臥し居り

みちのくの わが友ひとり 山に入り きのこ狩りせし 後の話す

わが父も 母も身まかり 現身の ことわりにして 時が過ぎゆく