和歌と俳句

山口誓子

激浪

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暑に疲れたるや眼鏡を畳に上

かすかなる蝉や吾等も声低く

片陰となりて梯の立てりけり

翅透きて鳴く蝉ならむ鳴き出でぬ

家の蜂怒るを二人して怖る

干梅の程隔りてうつくしき

水練隊飯食ふことのひそかなり

揚羽蝶昼餐の箸を持てるとき

干梅や眼をやるたびに紅に

一文字をわが傍に引く蜥蜴

梅いまは雲の翼の下に干す

戦場に持つ白扇と句を乞はる

町中を蟹がはしるや燈さす道

母も子の机に坐る蚊帳香

蚊帳の雨やみつつすこし降りゐたり

蝉聞けば暗き暁とも思ほえず

野分あと悪童の石屋根転げ

風伯の意に黍の葉のへろへろと

揚羽蝶をりしも樹々は陰森に

ゆふさりし野分の浪に門出でず

砂州に寄る夏浪それも遙かなり

海とびし機影蓮田にすすむなり

蝉の夏曙覧元義継ぎて読む

元義の歌よろこべば木々の蝉

潦走るもおなじ黍あらし

黍畑を海辺に出づる黍あらし

肩広き金亀虫とぶ朝曇

葭簀茶屋雨乾くには遑あり

真青に海近寄せて葭簀茶屋

天焼くるゆふべ手桶に水湛へ

議論して君とあるうち蝉も暮れ

夏の月多度の山辺は暗からむ

朝刊の来し音けふも暑からむ

薪割るや梅雨あがりたる潦

潦何をか映す梅雨あがり

日射すとき万木の蝉声発す

蝉鳴くとともに限界嚇々と

向日葵はもとより黍の寧らかに

遠泳の天を汚せる船煙

わが廚胡瓜刻みて午に迫る

遠泳や青藻かかりし身にけがれ

すはだかの子が甲虫を角で持つ

海照りて揚羽一蝶又一蝶

向日葵のやや俯向きに海荒ぶ

葭簀茶屋朝日豊栄登るとき

遠き蝉近くの蝉に鳴き及ぶ

きらめきて茶屋の葭簀に波こまか

もの焚いて他を煙らす葭簀茶屋

影となりて茶屋の葭簀の中にをる

蝉の梢白雲あまた過ぎつあり

鳴きやみて一本のこる蝉の松

終に疾風の中に声を絶つ

躬らも影ふりかぶる葭簀茶屋

無惨なる影にをりけり葭簀茶屋

母迎へ立つ句安居の身を以て

いまは夜に入り行くのみの葭簀茶屋

猫の子が道の一町先へ来て

日を透す栴檀の樹の蝉しぐれ

金亀虫松の鉄幹立ち並び

炎天に光る松ほど美き樹なし

情強く熱砂駆けしむこの教師

栴檀の明き木蔭をよろしとす

夏浜に夕食を告ぐる母の刻

雲多き月夜となりぬ葭簀茶屋

身に迫りややに退く蝉のこゑ

夜に入りてなほ甲虫を弄ぶ

甲虫を湯浴みの間弟に貸す

君が子の甲虫黒く立ち話す

かげろふの激しさ砂州をなさしめず

青蜥蜴ゐずとも海に紫紺あり

揚羽蝶木の間の何にふためきし

削氷に青色かけて海は暮る

家居して梅漬くることつぶさにす

兜虫欲するはこの吾ならずや

削氷の青きを好む町を行き

削氷の青さや前に映画館

氷水夜の映画は始まれり

鉛筆を逆さに把りて虻を追ふ

漁の沖にてよごす秋の風

海人老いてゆふべを秋と思ひけり

尾張知多夏の夕日を照り返す

とぶ蝶の羽なす衣の衣紋竹

土蜂や水甕の辺の恋着す

煙らせし緑蔭直ぐに澄みわたる

蜥蜴出て走りぬ曝書たけなはに

金粉を指に曝書を宰どる

虫干に通ふ白浪絶えもせぬ

宰どる曝書といへどわれ孤り

虫干の終りに近く入日さす

海騒ぐ栴檀の樹や夏の暮