蜑びとの海に障子を洗ふころ
寝ねどきが来ればちちろの鳴く上に
床下の行けいけにしてちちろ虫
地に落ちて紙ひびく凧秋祭
蟋蟀が妻の背後の畳過ぎ
一角の稲妻天を覆はざる
暗き燈に民のよろこび秋祭
こほろぎのこゑごゑ巌のあるところ
厨には食器沈著けりちちろ虫
蜻蛉の高ゆくところ失はず
屋根瓦光るかそけさも秋の雨
朗読のラヂオの秋夜戦の夜
こほろぎや雨垂の点ややあつて
踏切の燈にあつまれる秋の雨
海暗く遠稲妻のゐる吾家
路せまき城下桂の秋ならむ
前声をうけてつくつく法師蝉
法師蝉終りの声に近づけり
無花果を食うべて老のいのち延ぶ
稲雀汽車に追はれてああ抜かる
曼珠沙華雲はしづかに徘徊す
海上に星らんらんと曼珠沙華
海陸の間の鉄路の曼珠沙華
叱りたる母のしりへに秋の暮
妻更に厨の夜を長うする