和歌と俳句

山口誓子

激浪

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海港や雪嶺天に支へたる

雪の嶺走らずにみな聳え立つ

雪嶺の運河の道を送らるる

肘つきて身起すまでに雪霏々と

雪片の高きより地に殺到す

午後もまた雪片の業ひたすらに

風花や電燈に灯が欲しきころ

積雪や汽車の燈の相別れゆく

寒天に照空燈の吶喊をなす

茜雲寒のさなかの身を忘る

年木割つて少年の手の痛かりけり

山茱萸をいまの齢のよしとする

蝶紋のものに寄るとき鮮かに

見初めたるあとはや次ぎの来る

七いろの貝の釦の春の昼

春昼や海人の喪服の群れ帰る

春昼の葬や海人の誰か死に

ひさびさに糸ひく蕗を食べにけり

啓蟄や返書の来ること遅し

潟干たる日や一通の来書なし

春の昼鋏置きたる音聞え

城をやや距たるからに藪かすむ

枝蛙県居大人の霊いまし

城を出し落花一片いまもとぶ

午後三時過城下る花に飽き

墓地走るかの春水を忘れめや

牡丹見るこの豪奢のみ許さしめ

牡丹の昼過ぎて夜にさしかかる

雪嶺の春やいづこの田も日射す

蝸牛五月は木蔭なほ冷ゆる

きりきりと渦巻く殻の蝸牛

海軍旗五月は常の山遠し

麦秋やラジオの燈昼ながら

溯り来るくちなはを見つつ彳つ

胸白き燕簷端に暮れむとす

蔭を出て光に衝たる揚雲雀

町の川鉄管ともすゐて

蛍獲し子に蛍かと問うて寄る

一点の蛍火獲たる子羨し

蛍獲て燈暗き家に向ひけり

明き燈に近づきゆけり掌に蛍

菜殻火や却て駅は燈乏しく

ぐみの実を壺に挿す花にたぐへつつ

夏草の薄暮や庭の石に踞す

わが行けば一切の葭隠る

爪がかりなく崖の落ちゆけり

手長蝦溯れるが野に捕へらる

親雀烏毛咥へしよろこびに

雀の巣われは田草の穂を手にす

書きかけの机に帰る実梅掌に

殻のうちししむら動く蝸牛

この崖にわが彳つかぎり蟹ひそむ

燈を取にゆく蛾わが前ひた過ぎつ

青簾捲けばラジオは夜に向ふ

親雀藁咋ひ持ちて天上す

暑をきざしいまもむかしの印地打

みめよくて田植の笠に指を添ふ

子を探しに出でてむなしく夏の浜

雀の巣きのふ六月過ぎにけり

校正の朱筆や机辺暑をきざす

殻の渦しだいにはやき蝸牛

食終へて夕焼の下に蜑びとら

新緑の夜や乳ぜり泣くその児知る

負ふ殻のきよききたなき蝸牛

鬼灯のあからみしこと隠すなし

雀の巣藁しべ垂れて日没す

くちなしの香を嗅ぎて寄るひとのあと

の藁の垂るるなくんば知られずに

薪割りて地響く夏のゆふべ憂し

草毟り春の菫に情寄す

界隈の高樹は何ぞ青葉木菟

白砂にあしをよごして蝸牛

夏落暉警報の識碧白に

髪切虫逆髪立てて風に飛ぶ

炎天の焚火の焔めくれつつ

書を売つて炎天の下寂寥に

蟻地獄海辺は奈落深うして

八重葎雑草なれどひとを越す

夏の月ゲートルの寝の眠り落つ

句を念ふときしも黄なる蝶卑し

暑き日のゲートル解けてまた結ぶ