和歌と俳句

島木赤彦

癒えがたきおのが病を思ひつつ出雲の山の道は行きけむ

伊那颪いたく吹く日は海べ田の温泉どころに波打ちにけり

木枯の吹きしくままに濁りたる湖の波高まりにけり

古き籠に書物と著を詰め入れて吾子は試験に旅立ちにけり

曇りつつ雨ふるらしき夕ぐれの縁に出で立ちて背伸びせりけり

海に入る谷川の水浅き瀬にいささ蟹はふ夏となりけり

清らかなる山の水かも蟹とると石をおこせば砂の流らふ

谷あひの小川の草は短くて蛍の生れむにほひこそすれ

踊り止みて静かなる夜となりにけり町を流るる木曽川の音

佛法僧一声を聞かむ福島の町の夜空に黒きは山なり

この谷の若葉はおそし御嶽のみ雪はだらになほ残りつつ

夏にして御嶽山に残りたる雪の白斑は照りにけるかな

谿の上にやや開きたる空青し雪山の秀の現れにけり

やや暫し御嶽山の雪照りて谿の曇りは移ろひにけり

木曾谷の雲を隔てて相向ふ二つの山の雪斑らなり

谷川の音さやかなり高木より咲きて垂りたる波の花

谷川の水はやくして藤波の花をゆすぶる風吹きにけり

谷の空雲剥ぐること疾くして雨は若葉に照りにけるかも

山人はを折りて岩が根の細径をのぼり帰りゆくなり

石楠は寂しき花か谷あひの岩垣淵に影うつりつつ

石楠の花にしまらく照れる日は向うの谷に入りにけるかな

夕ぐるる谷川はたに石楠の花を折らむとするが幽けさ

谷なかに檜きづくりの小屋一つ心静まりて我は眠らむ

谷川に米を磨ぎたる宿の子の木の間がくり帰り来るなり

佛法僧鳥啼く時おそし谷川の音の響かふ山の夜空に