和歌と俳句

釈迢空

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神宝 とぼしくいますことの たふとさ。古き社の しづまれる山

人過ぎて、おもふすべなし。伝へ来し 常世の木の実 古木となれり

きその宵 多武の峰より おり来つる 道を思へり。心しづけさ

いこひつつ 朝日のぼれり。幾ところ 山のつつぢの 白き さびしさ

わが居る 天の香具山。おともなし。春の霞は、谷をこめつつ

ま夜なかに、汗をぬぐひて 書きつがむ 文の興味も、たえてゐにけり

こぞよりまた 今年は 汗の はなはだし。物書き倦みて、燈をあふぐつつ

おほよそ 棒ほどの物を ひくならし。宵より荒るる 天井の鼠

わが友の 生きよわりつつかく汗を 思ひ見がたく、我がつかれ居り

あきらかにもの言ふはむ と する友の顔。かくしつつ 息も 細りゆくらむ

まづしさは、言のなぐさに言ふごとし。疾みて その声ほがらなりけり

あるじ疾む屋ぬちつめたき 畳のうへに、この子は 白き額をあげたり

赤松の繁みたつ山の 山の際の 遠青ぞらは、ただに さびしさ

息づきて かそけかりけり。夏ふかき 山の木蓮子に、朱さす 見れば

ひそかの心にて あらむ。旅にして、また 知る人を 亡くなしにけり

みなぎらふ光り まばゆき 昼の海。疑ひがたし。人は死にたり

遠く居て、聞くさびしさも 馴れにけり。古泉千樫 死ぬ といふなり

まれまれに 我をおひこす順礼の 跫音にあらし。遠くなりつつ

なき人の 今日は、七日になりぬらむ。遭うふ人も あふ人も、みな 旅びと