和歌と俳句

柿本人麻呂歌集

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黒牛方塩干乃浦乎紅玉■須蘇延往者誰妻

黒牛潟潮干の浦を紅の玉藻裾引き行くは誰が妻

風莫乃濱之白浪徒於斯依久流見人無

風莫の濱の白波いたづらにここに寄せ来る見る人なしに

我背兒我使将来歟跡出立之此松原乎今日香過南

我が背子が使来むかと出立のこの松原を今日か過ぎなむ

藤白之三坂乎越跡白栲之我衣手者所沾香裳

藤白の御坂を越ゆと白栲の我が衣手は濡れにけるかも

勢能山尓黄葉常敷神岳之山黄葉者今日散濫

背の山に黄葉常敷く神岳の山の黄葉は今日か散るらむ

山跡庭聞往歟大我野之竹葉苅敷廬為有跡者

大和には聞こえも行くか大我野の竹葉刈り敷き廬りせりとは

木國之昔弓雄之響矢用鹿取靡坂上尓曽安留

紀伊の国の昔弓雄の鳴り矢もち鹿取り靡けし坂の上にぞある

城國尓不止将往来妻社妻依来西尼妻常言長柄

紀伊の国にやまず通はむ妻の社寄しこせに妻といひながら


朝裳吉木方往君我信土山越濫今日曽雨莫零根

あさもよし紀伊へ行く君が真土山越ゆらむ今日ぞ雨な降りそね

後居而吾戀居者白雲棚引山乎今日香越濫

後れ居て我が恋ひ居れば白雲のたなびく山を今日か越ゆらむ

常之倍尓夏冬往哉裘扇不放山住人

とこしへに夏冬行けや裘扇放たぬ山に住む人

妹手取而引与治■手折吾刺可花開鴨

妹が手を取りて引き攀ぢふさ手折り我がかざすべく花咲けるかも

春山者散過去鞆三和山者未含君待勝尓

春山は散り過ぎぬとも三輪山はいまだふふめり君待ちかてに