和歌と俳句

正岡子規

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川下る 我舟早み つゝじ咲く 岸邊岩垣 走るが如し

川下る 乗合小舟 夜を深み 人皆寐ねて 楫の音聞ゆ

から國ゆ 歸りし船の 舳に立ちて 須磨の濱松 見ればうれしも

栲縄の 帆綱手にとり 立つ人の 足もしどろに 波船を搖る

八百日行く 汐路ただよひ とつ國の 知らぬ島邊に はてし我舟を

生けりとしも 我思ほえず 久方の 空傾けて 大浪来る

船長の 船部屋狭み 姿見の 鏡の前に 薔薇の鉢置けり

川下る 舟に乗る夜の 風寒み 荻の葉さやぎ 月傾きぬ

眞北さし 八百日八汐路 行く船の 帆桁の上に 北斗を仰ぐ

遠つ海 いわたる人の 舳にむれて 安き船路を おのおのことほぐ

松の葉の 細き葉毎に 置く露の 千露もゆらに 玉もこぼれず

松の葉の 葉毎に結ぶ 白露の 置きてはこぼれ こぼれては置く

緑たつ 小松が枝に ふる雨の 雫こぼれて 下草に落つ

松の葉の 葉さきを細み 置く露の たまりもあへず 白玉散るも

松の 横はふ枝に ふる雨に 露の白玉 ぬかぬ葉もなし

もろ繁る 松葉の針の とがり葉の とがりし處 白玉結ぶ

玉松の 松の葉毎に 置く露の まなくこぼれて 雨ふりしきる

庭中の 松の葉に置く 白露の 今か落ちんと 見れども落ちず

若松の 立枝はひ枝の 枝毎の 葉毎に置ける 露のしげけく

松の葉の 葉なみにぬける 白露は あこが腕輪の 玉にかも似る