和歌と俳句

正岡子規

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山を出てはじめて高し雲の峰

雲の峰ならんで低し海のはて

汽車見る見る山を上るや青嵐

中をふむ人や青田の水車

其底に木葉年ふる清水

岩つかみ片手に結ぶ清水

青松葉見えつつ沈む

静かさは砂吹きあぐる

夏川や水の中なる立咄し

夏山をめぐりて遠し道普請

夏山を廊下づたひの温泉哉

杉檜朝日つめたき氷室山

蘆原の中に家あり行々子

川蝉や柳静かに池深し

の声にらんぷの暗き宿屋哉

蚊をたたくいそがはしさよ写し物

させば竿にもつるる柳哉

洗ふたる飯櫃にあはれなり

我書て紙魚くふ程に成にけり

水馬流れんとして飛び返る

城もなし寺もこぼちぬ夏木立

木下闇ところどころの地蔵かな

夜芝居の小屋をかけたる

よすがらや花栗匂ふ山の宿

梅の実の落て黄なるあり青きあり

青梅や黄梅やうつる軒らんぷ

店さきに幾日を経たる李哉

君が墓 のびて二三間

さくや根岸の里の貸本屋

河骨の水を出兼る莟哉

行水をすてる小池や蓮の花

蓮の花さくや淋しき停車場

紫陽花やはなだにかはるきのふけふ

紫陽花やきのふの誠けふの嘘

撫し子やものなつかしき昔ぶり

鶏の塀にのぼりし

夕顔に女世帯の小家かな

小山田に早苗とるなり只一人

ほろほろと手をこぼれたるいちご

旅人の岨はひあがるいちご

いちごとる手もと群山走りけり

蝶を追ふ虻の力や瓜の花

瓜ぬすむあやしや御身誰やらん

真桑瓜見かけてやすむ床几哉

我はまた山を出羽の初真桑

花のあとにはや見えそむる胡瓜