和歌と俳句

正岡子規

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明家に菖蒲葺いたる屋主哉

古家に五尺の菖かけてけり

旅籠屋の飯くふそばに蚊遣哉

なぐさみに蚊遣す須磨の薄月夜

蚊遣火や老母此頃わづらひぬ

歌書俳書紛然として昼寐

月赤し雨乞踊見に行かん

しひられてもの書きなぐる

吹き出しの水葛餅を流れけり

早鮓や東海の魚背戸の蓼

野の店や鮓に掛けたる赤木綿

夏嵐机上の白紙飛び尽す

洞穴や涼風暗く水の音

涼風や愚庵の門は破れたり

五月雨や大木並ぶ窓の外

五月雨や戸をおろしたる野の小店

五月雨やしとど濡れたる恋衣

雷の声五月雨これに力得て

今日も亦君返さじとさみだるる

夕立や並んでさわぐ馬の尻

戸の外に莚織るなり夏の月

妻去りし隣淋しや夏の月

電信の棒隠れたる夏野かな

行列の草に隠るる夏野かな

苔清水馬の口籠をはづしけり

笈あけて仏を拝む清水かな

釜つけて飯粒沈む清水かな

忘れても清水むすぶな高野道

川蝉や柳垂れ蘆生ふる処

川せみやおのれみめよくて魚沈む

人すがる屋根も浮巣のたぐひ哉

うかと来て喰ひ殺されな庵の

庭の木にらんぷとどいて夜の

一本に蝉の集まる野中哉

馬蠅の吾にうつるや山の道

夏木立幻住庵はなかりけり

下闇や蛇を彫りたる蛇の塚

蛾の飛んで陰気な茶屋や木下闇

葉桜はつまらぬものよ隅田川

花桐の琴屋を待てば下駄屋哉

塗盆に崩れ牡丹をかむろかな

美服して牡丹に媚びる心あり

廃苑に蜘のゐ閉づる牡丹哉

赤薔薇や萌黄の蜘の這ふて居る

薔薇剪つて手づから活けし書斎哉

片隅に菖蒲花咲く門田哉

藻の花や水ゆるやかに手長鰕

藻の花に鷺彳んで昼永し

夕顔に女湯あみすあからさま

夏草の上に砂利しく野道哉