和歌と俳句

正岡子規

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

城山の浮み上るや青嵐

踏みならす橘橋や風かをる

夕立や橋の下なる笑ひ聲

梅雨晴にさはるものなし一本木

五月雨や漁婦ぬれて行くかゝえ帯

掬ぶ手の甲に冷えつく清水

五月雨は杉にかたよる上野哉

金時も熊も来てのむ清水

五月雨に一筋白き幟かな

長靴のたけに餘るや梅雨の泥

鼓鳴る芝山内や五月晴

五月雨にいよいよ青し木曽の川

五月雨の雲やちぎれてほとゝぎす

谷底に見あげて涼し雲の峰

野の道に撫子咲きぬ雲の峰

夕立に鷺の動かぬ青田かな

むさし野に立ち並びけり雲の峰

夕立に古井の苔の匂ひかな

梅雨晴や朝日にけぶる杉の杜

五月雨やけふも上野を見てくらす

ちゞまれば廣き天地ぞ蝸牛

菅笠の生国名のれほとゝぎす

浮世への筧一すぢ閑古鳥

すめばすむ人もありけり閑古鳥

故郷へ入る夜は月よほとゝぎす

墓拜も間を藪蚊の命哉

水無月の虚空に涼し時鳥

憎し打つ気になればよりつかず

叩けとて水鶏にとざすいほり哉

枝川や立ち別れ鳴く行々子

よしきりの聲につゝこむ小舟哉

静かさに地をすつてとぶかな

淋しさにころげて見るや蝉の殻

さかしまに残る力や蝉のから

昼の蚊やぐつとくじ入る一思ひ

時鳥御目はさめて候か

松の木にすうと入りけり閑古鳥

しんしんと泉わきけり閑古鳥

時鳥鳴くやどこぞのに晝の月

時鳥不二の雪まだ六合目

時鳥上野を戻る汽車の音

蝙蝠や又束髪のまぎれ行く

山門に逃げこむしまり哉

杉谷や山三方にほととぎす

いしぶみの跡に啼けり閑古鳥

島原や草の中なる時鳥

足六つ不足もなしに蝉の殻

行列の空よこぎるや時鳥

焼けしぬるおのが思ひや灯取虫

あはれさやらんぷを辷る灯取虫