奈良を西の 笠に秋見る 木津の夕日 河船ながう 名よびし人や
船おりぬ もとより水の ゑにしなれば 笠にのこらむ 歌にはあらずよ
船の子は 浪華へ十里 秋の水 木津の河橋 ゆふべをおくる
かくの子に とどめのこりの 秋いくつ 船にありやを 西にまどふ橋
夕橋に 人はひとりの 秋のいろ 木津川ながう 大和を行くよ
おつる日や いづこ快楽の 夢の里 わが橋はなれ 寒う行く船
伊賀いでし 水のすゑ問ふ 旅ならず 芸術に泣かむ 明日の東大寺
芸術なにさびしいかなや 小笠の子 まみえの神に 明日の道とる
鑿の香に 夜の帳かさむ 情あらば 木津のゆふべを 霧たてこめよ
木津の橋 北へ七つの 欄やなに まどひすがたを 水たゆたふな
かりそめの 大和の水の ゆふわかれ 面のくれなゐ 歌にさめむや
河ごえの 夕わかうどの 脚胖ぶり 負はむねたみは 芸術神とこそ
橋を見ず 二十なる子が 秋のたび 木津の家並に 夢とざされぬ
その船に 南をぐらき 奈良の山 はばきとく手に 嫉みあらすな
暮を入る 古き御京の ものさびや 窶れふし目の 子に秋掩へ
神守の 古代のひと夜 奈良にかりて 火かげ日記くる 秋の旅びと
鑿のかをり 御堂のくちの やれとびら 恋の二十の 世なれぬ血なり
夕堂の 羅漢の君や 世ぞあはれ 説くに背後の 声ひくき人
曼荼羅に 夕よる肩よ この秋を 旅の子ゆゑの 罪に痩せざれ
塔にかかる 細あや雲や 奈良のひがし 情ある旅の 人は野に立つ