和歌と俳句

與謝野晶子

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さだすぎて 宵はづかしき 舞の子を 花につつみて 往ぬ春や無き

人よびて 強ふべき傘の 雨と降れ 夜の一里を 柳に帰る

しら梅は 清氏の君が 筆とこそ 夜をふさはずの 歌のさかしき

しろ芙蓉 妻ぶりほこる 今はづかし 里の三月に 歌しりし秋

琴に宵を 誓ふは聖の 祭の日 篋に譜なきも 小指は噛まじ

とがありて たそがれ島に ながされし 小さき花神か 待つひとり人

春のかぜ 近江は情ぞ ただならぬ 人に桃ちる 里の大津

とりし宿の 小雨の暮の 秋海棠 たまくら羞ぢし 昨夜の子に似たり

野路のほこり 朝のふたりの 息うつくし 武蔵国ばら 霧紅う降れ

欄こえて 石の御廊に 蔦あをし 薔薇がさねの 裳ひくよ変化

加茂と落ちて 欄に分るる 高瀬川 水の人よぶ 夕夏ごろも

琴とりて 歌高かりし 春のひと 春の子なれば 痩せて恋に眠る

明日は舟に ぬなはとるべき 近江の子 水に節よき 歌をこそ賜へ

宵のうた あした芙蓉に ねたみもつよ 黒髪ながき 秋おごり妻

夕戸の子に 詩の縁やぶれ 帰る君か 白鳩君に 人ことづてむ

前世の 春をちひさき 鐘にちりし 桜もとより 宿命うすき二十とせ

京の北は 弥生にちかき 荒びより 霰のなかに 紅梅のちる

うけぞまどふ はづれし爪の そらなりを 十三絃の とがと強ふる神

痩を説きし 腕にかさむ やは肩の あれなあらざれ 去年の吉備びと

春の日を 懸想の歌は 笑みを呼べど つひにさびしき 髪ながき人