さがみのや 伊豆につづける 海道の しら輪の上の 春の夜の月
古女 君とその世の 相聞の 歌もて足れる あめつちに居ぬ
いつしかと 二つ葉もえぬ 心の芽 きたなきものの あくたの中に
みくだもの 瓜にしほして もてまゐる 廊に野馬なく 上つ毛の宿
葺草の 菁莪のたぐひの 紫の 花なつかしき 家に雨ふる
わがちかふ 恋みそなはせ 御祖神 加茂の摂社の 八座の神も
わたつみの 底つ海草 芽をふくに ひとし心は 君に見えなく
雲ありて 下にいくつの 山平ぶ 隣国見ゆる 高平野かな
泣寝して やがてそのまま 寝死して やさしき人の からと云はれむ
かたらひし しるしにとりし 小ゆるぎの 磯の石にも 似て咲く菊よ
いたづらに 好がましとも ねたみ居む ことわりすぎし すぢは思はで
胸の海 われだに知らぬ 暗礁に やぶるる船は 泣くと云へども
ありてわれ 尊からむと 空に日に 懸るこころを つゆきずつけず
けふののち 忘れたまふや 尽未来 恋ふやわれ云ふ 二様に居む
雨中の 石崩道に ききしより けものと思ふ 山ほととぎす
つくづくと 丸木みにくき 家のさまを あさましがりぬ 五月雨のころ
板底に 奈落の音し 目のかぎり 浄界見ゆれ 山あひの船
春の海 わかめの色の さざ波に 白き月うく 夕となりぬ
生れける 新らしき日に あらずして 忘れてえたる 新らしき時
われ忘る わすれて胸に たれあらむ ああ無辺際 胸に人なし