上卿は けうらの男 ひげ黒に 藤傘するは 山しろづかひ
雲の中に 那智の山あり 人かよひ 伐木すなり 春夏秋冬
いくともの 深山樒は 葬列の 香の興とも 霧たちのぼる
貝の葉の かろの心を ありそ海の 千びきの石と たのみぬわれは
相あひぬ こころと心 人界の 暦日ならぬ ひと時に居て
たらちねは 王命たまひ 爪とらむ 日をも思ひて あたへける琴
尼伯母に 念珠つまぐる 指つきと 聖がられし をさな子なりき
百合にほふ 床さびしみぬ 岩しぼる しづくの音に 枕しつつも
麦の穂の 上なる丘の 一つ家 くまなく戸あけ 傘つくり居ぬ
鏡とれば 襟のいくつは しら菊の 花のやうなり 夕のころも
骨上る ここちおぼゆる いく日に ゆかむとしける いくやうの道
椿ちる べに椿ちる つばきちる 細き雨ふり うぐひす啼けば
かきつばた わか紫は なつかしき わが歌舞伎子の おもかげに咲く
人ひとり いのり出さむ 術しらぬ 侍どもを うとみ給ひぬ
ちりし百合 星となるべく 齋はるや 否女にならひ 水浴べると云ふ
わが妻の すががきぶりを 聞くごとく います君かな 春の朝雨
あたひなき 速香と云へど 一時の けぶりは目にも 見えけるものを
木根立と 牛とねむれる 小地蔵の 山はあまりに 平かにして
十三の 絃ひきすます よろこびに 君もいのちも 忘れけるとき