和歌と俳句

與謝野晶子

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ただ昨日 ふかく思ひぬ とばかりの 外のあたひは わが知らぬこと

朝の雲 いざよふ下に しきしまの 天子の花の 山ざくら咲く

臘月の くると野寺の うしろ籔 穂すずきはかり 雪かづくかな

君来ずて さびし三四の 灯をうつす 柱のもとの 円かがみかな

牡丹見て 渇をおぼえぬ 野のそらに 銅雲を あふぐ日のごと

縁とぼし 仏おもへば 慈安寺の ふとばら和尚 目に見などして

あはれなり 年へだてては 悲しさの あるを云ひつつ 出でもまじらふ

一しきり あられふりきて 夕庭に 拝し舞踏し おもしろく去ぬ

夕山は 法の御庭か 閑古鳥 二三の尼の 磐うつらしき

夏の国 蘆のしら根の たわつくる 水こそめぐれ あけぼのの家

壬生に住む いづなつかひと 云はせけり 三人の君と 宿かる山に

うたたねや 髪の末まで 好たわめ いませどされど 御仏に似て

紅き実を 海にうづめぬ 夜に生ひて 東に咲かむ あけぼのの花

美くしき 大みつかひの あと歩む けものとならむ 十つらの馬

はづかしき 優しきいくた 別人と われを云はせし 追憶なれや

あまた恋ふ 何ばかりなる 身のほどに ふさへることと するや男よ

かたゐらは したり顔して 銭よみぬ 少女の名をば あまた云ふ君

みさぶらひ 御経を艶に よむ夜など をかしかりける 一人ぶしかな

いつしかと えせ幸に なづさひて あらむ心と われ思はねど

人妻は 七年六とせ いとまなみ 一字もつけず わがおもふこと