和歌と俳句

與謝野晶子

寺へ行く薔薇いろの頬とすれちがふ石阪道の夏の朝かぜ

雛罌粟と矢車草とそよ風と田舎少女のしろき紗の帽

君とわれロアルの橋を渡る時白楊の香の川風ぞ吹く

夏川のセエルに臨むよき酒場フツクの荘の雛罌粟の花

歌うたひ舞ふ少女をば石壁にわななきうつす蝋の燭かな

前に引くとばりの如く浅みどりアカシヤの木のゆらぐ夕ぐれ

長椅子に藤むらさきの靴足袋の艶に横たふ夜明ごろかな

巴里なるオペラの前の大海にわれもただよふ夏の夕ぐれ

ふらんすの八月の朝凉しくも靴くくとなる石だたみかな

サツフオの啜り泣をば後にして君が手により降るきざはし

僧俗のさだかに見えず讃美歌す大英国の君王の寺

王宮のまへの広場を七かへり花と女の馬車ぞ輪を描く

栗毛帽金糸の紐に頤くくるわかき近衛に物言ひてまし

大宮も白鳥の羽も水色に見ゆる夕となりにけるかな

ジプシイの指鳴る時にくろ髪は膝をはなれて杯をとる

手を伸す水の少女か一むらの濃き緑より睡蓮の咲く

水に焚く夏の香炉のけぶりたるうす紫の睡蓮の花

恋するや遠き国をば思へるやこのたそがれの睡蓮の花

さびしくも後ろの方の古き城うす黄に光る森の道かな

しづかなる森に向ひて丘めぐりきざはしのごと花薔薇さく

わが宿のアカシヤの木のうしろなる赤き画室の暮れ残るかな

セエヌ川船上る時見馴れたる夕の橋の暗きむらさき

率ても行く男の持てる細杖が魔法のごとく街の其処此処

ことことと敷石を踏むひづめこそ夜の世界の匂ひならまし

雨に行く匂ひと色のふりそそぐマロニエの木の若葉する路