何人も幸住むと云ふことをうたがはず立つ春の戸口に
きよらにも薄桃色に眠りたる児のけはひの春の日となる
あけぼのや雀かすめし山烏血をこぼし行くうまごやしかな
夕ぐれの光に透きて動く人高楼にあり水色を著る
小法師があちこちの房うち叩き声づくりする秋の朝かな
おのが身のつながれし綱かみそりをもて切るごとし初秋の風
しら玉はくろき袋にかくれたりわが啄木はあらずこの世に
死ぬまでもうらはかなげにもの云はぬつよき人にて君ありしかな
目に見えぬ不可思議国の手枷をば我れもはめらる若きならひに
草むらに欝金のひと葉まじりたり透きとほりたる秋風の中
桐の木の片側濡れて幹青ききさらぎの雨なつかしきかな
たらちねの石の御墓に黄なる粉をちらせし椿かなしき椿
五月雨かびのにほひのする床に水のおと聞くふるさとの家
本を読み流行の衣を欲しがりし娘も思ふふるさとのこと
欲しがりしだんだら染もうづまきの模様も旧りぬ忍びて笑ふ
匂ひする春の空より落ちきたり我を照すと思ふ小鏡
南風吹きあほる日はすさまじき老女の手見ゆ春の日ながら
南宗寺大安寺いと尊かりこれらの寺のあかつきの門
はかなきは恋することのつたなさの昔も今もことならぬこと
雨ののち棕梠の広葉のみどり葉に紅梅うつる春ともなりぬ
あてやかに華奢にましろき波をもて水草洗ふあかつきの風
自らの心のごとくいちじろし金錆色のさびしき胡蝶
春の日もたそがれ時にしたしみぬ二十の人はもののけのため
夜となれば毒水を打つ神ありて身うちの痛むわれとおもひぬ
非常なる罪障によりほのほもて身のつくられし人ならめわれ