和歌と俳句

與謝野晶子

秋来りものの滅ぶを草の実の夕かぜすらも教へんとする

柱より裏白の葉を落し行く鼠けうとく寒き明がた

少女子の打つ皷よりはやりかにいろめく霰二月のあられ

正月やわたくし物の心地する青磁の瓶の紅椿かな

そぞろにも知らぬ世界の匂ひする臙脂の色の沈丁花かな

ある刹那ふためきて降りある刹那のどかに降りぬ春のあわ雪

山草の裏白の葉のかかるやと雪に思へるひがし山かな

紫の藤の花をばさと分くる風ここちよき朝ぼらけかな

紫の睡蓮の花ほのかなる息して歎く水の上かな

ここちよき朝の空かと思はるる矢車草の花ばたけかな

天つ日が光を収めあるさまのこき紫のわが牡丹かな

地に近きてまりの花をよごすとてこの頃憎む初夏の雨

何ごとかわれを憚る思ひしてまぶたの腫れし海棠の花

後ろよりむせびながらに追ひ来る並木の路の初秋の雨

なつかしき靴の釦のここちして斜にならぶ鈴蘭の花

歌舞伎座の棧敷の裏の中庭に楓を打てる初夏の雨

あかつきにわが来ることを知るごとし初夏の野のひなげしの花

日ぐらしの鳴けば心に鋸をわれ当てらるる心地するかな

やごとなき御仏たちに供へたる火皿と見ゆる月見草かな

紫の忘れな草よこの外にわが呼ばん名の一つあれかし

元日の日のくれ前の眠げなるわが稚子と寒牡丹かな

馬追が腰のあたりへ啼きに来ぬ草に倦きけん土に倦きけん

母となりなほなつかしむ千代紙のたぐひと見ゆる紅萩の花

ボルドオの酒とひとしき日光に白金を磨るかなかなの蝉

かきつばた薄藍いろに咲き出でぬ人を思ひて身の細る頃