和歌と俳句

與謝野晶子

いつしかと一つの路をつくりつつ次次に散る欅の落葉

見し世とも逢ふべき日とも思はれぬ夢をはこびぬ木の葉ちる音

ただ一葉銀杏ちりきぬこの木いまくづるると云ふ兆の如く

春と云ふめでたき心育てこし昨日を思ふ元旦にして

物思ひすこし作れば万歳の来てそしるなり春の初めは

寒牡丹はた紅梅も正月の少女となりぬささやかなれど

柱なる羊歯をながめて神代をばさらに思はず人を思へる

ほのかにも春の愁ひといふものをすでに覚えてをかし正月

皷より笛のはやしにうつりたる霰ののちの初春の雨

初春の日の生れくる薔薇色の雲あり山の低きところに

河津川月の光にさらされて石より白き板の橋かな

桜貝など云ふ貝のうす紅の肌を夜明の空に見る山

朝あらし河津の水の川下の谷津の浜橋馬先づわたる

月光が天城おろしに雹となりやがてつもりぬ谷津の渓間に

路ひらけ稲生沢川下田見ゆ春のものとてうす紫に

船多く帆柱の綱みそらより降る雨のごと見ゆる海かな

天城山まことに雲の凍りたるつららと知りぬ頂にして

自らの車がたぐる紐と見ゆ天城の渓のうねうねの道

鎌倉の尼にあらねば修禅寺滅罪の輪のこころえがたし

山風や能の舞台のいほりよりささやかに立つ最明寺かな

滑らかに青をのべたる大空と離れて乾く一月の山

立ちいでし水晶台の夕ぐれも淋しかりけれ黄昏の雪

春雨の降り埋めたるホテルかな熱海のみちの切崖のみち

東海の藍に添ひたる陸の襞熱海と云ふも網代と云ふも

海鳴るやホテルの庭の芝山の尽くるところは断崖にして