和歌と俳句

與謝野晶子

軽く吹く秋の風ゆゑ絹の鳴る音に通へどさびしかりけれ

墨の色霧降るたびに東京へ沁み入る如き師走となりぬ

朝明けの霧に曇れる小石川銀杏のたちど盛り上りつつ

濠端の霧なまめかし葉のすこし残る銀杏の河楊めく

隅田川その大橋を踏まましと霧降る朝は思はれぞする

木枯や髪うしなへる雑木皆おちばの海にただよへるかな

しどけなき夕なりけり紅の単衣の紅葉袷のおちば

とこしへに同じ枝には住みがたき身となりぬらしおちばと落葉

落葉憂し生きたる苔にはばまれて石の質なる霜におされて

銀杏の木額と見ゆるところより光の如く四方に葉の散る

からかねの薄き姿の落葉とて仏具と見ゆれ庭に見れども

海近き海門橋のもとにして流れもあへず朽ちゆく落葉

夕月が孔雀の色を与ヘたり箱根の渓の落葉なれども

黒みたる塔のかけらのここちする木の葉積れり大寺の庭

霜月の落葉浮き立つ微風のうしろにありぬ宵の明星

砂浜に波の寄るより休みなく落葉をおくる二本銀杏

狐より長く尻尾を引く風の落葉の上を過ぐる夕ぐれ

くれなゐはひとしけれども日光に比べて重き柿の葉の落つ

法王の御堂に祈る数知らぬくちびるのごと動く落葉

桐の葉は鼠の尾とも見ゆる尾を清らに上げて土にいこへる

わが園生新たにおつる葉も無くてやうやく淋し霜の降る朝

くれなゐの繻子を著てちるうるしの葉誰と踊らんことを思ふや

わづかにもおちとどまれる榛の葉の北斗の如き見て淋しけれ

わが園のおち葉の中の朱の色はありと見えつつやがて跡なし

冬が穿く沓かと見れば嘴太き烏なりけり落葉の林