けざやかにめでたき人ぞいましたる野分が開くる絵巻の奥に
雪ちるや日より畏くめでたさも上なき君の玉のおん輿
むらさきの藤袴をば見よと云ふ二人泣きたき心地覚えて
恋しさも悲しきことも知らぬなり真木の柱にならまほしけれ
天地に春新しく来りけり光源氏のみむすめのため
藤ばなのもとの根ざしは知らねども思ひかはせる白と紫
涙こそ人を頼めどこぼれけれ心にまさりはかなかるらん
二ごころ誰先づもちて淋しくも悲しき世をば作り初めけん
死ぬ日にも罪報など知る際の涙に似ざる火のしづく落つ
亡き人の手馴の笛に寄りも来し夢のゆくへの寒き夜半かな
鈴むしは釈迦牟尼仏の御弟子の君のためにと秋を浄むる
つま戸より清き男の出づる頃後夜の律師のまうのぼる頃
なほ春の真白き花と見ゆれども共に死ぬまで悲しかりけり
大空の日の光さへ尽くる日の漸く近き心地こそすれ
春の日の光の名残花園に匂ひ薫るとおもほゆるかな
鴬も来よやとばかり紅梅の花のあるじはのどやかに待つ
姫達は常少女にて春ごとに花あらそひをくり返せかし
しめやかに心の濡れぬ河霧の立ち舞ふ家はあはれなるかな
暁の月涙のごとく真白けれ御寺の鐘の水わたる時
心をば火の思ひもて焼かましと思ひき身をば煙にぞする
早蕨の歌を法師す君のごとよき言葉をば知らぬめでたさ
おふけなき大みむすめを古の人に似よとも思ひけるかな
朝霧の中を来つればわが袖に君がはなだの色うつりけり
何よりも危きものとかねて見し小舟の上に自らを置く
一時は目に見しものを蜻蛉のあるかなきかを知らぬ果敢なさ
覚めがたか夢の半かあなかしこ法の御山に程近く居る
蛍だにそれとよそへて眺めつれ君が車の灯の過ぎて行く