北原白秋

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見桃寺 冬さりくれば あかあかと 日にけに寂し 夕焼けにつつ

明り障子 冬の西日を いつぱいに うけて真赤に なりたりあはれ

この庵に 三月五月 棲み馴れて いよよ親しむ 西日の反射

夕焼空 蘇鉄の上に いと赤し 蘇鉄の下に 地もまた赤し

あかあかと 冬の蘇鉄に はぢく日の 飛沫かなし 地に沁みにつつ

吾等また 黙つて蘇鉄 見て居たり しつくりと今は 落ちつきにけむ

桃の御所の 庭の西日に 下りて吾が 巡礼の子に ものいふこころ

ゆづり葉に 西日射すとき ゆづり葉の かげに巡礼 鉦うちにけり

赤々と 碁盤の角に 日はさして 五目並べは 吾が負けにけり

日は暮れぬ 鰯なほ干す 旃陀羅が 暗き垣根の 白菊の花

寂しさに 秋成が書 読みさして 庭に出でたり 白菊の花

ゆくりなく 闇に大きく 菊動くと 見れば向うに 火の燃えあがる

火の中に 不動明王 おはすなり 焔えんえん 今燃えあがる

火の中に 不動明王 おはすなり あなかたじけな あなかたじけな

櫓をかつぎ 漁人竈の前をゆく その櫓たちまち 火に照る赤く

火の燃ゆれば あはれなること 限りなし あかあかとをどる 厨の器

円ら眼の 童子かまどの 前に居り あなひもじさよ 焔の躍り

寂しきは 鍋にはみ出す 魚の尾 厨の火光 白菊の花

鍋の尻 赤くゆらめく ただ楽し 漁村のよき夜 安らかなれよ

和歌と俳句