和歌と俳句

齋藤茂吉

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醒が井途上

醒が井に 眞日くれゆきて 宵闇に みづのながれの おとこころよし

桑の實は いまだしと おもふなり 息長川の みなまみにして

近江路の 夏もまだきの 小草には 一つ蛍ぞ しづかなりける

やまがひの そらにひびきて 鳴く蛙 やまをめぐれば すでにかそけし

たぎちくる ながれの岸の おりこしが 顔をあらへり めがねはづして

ゆふまぐれ 息長川を わたりつつ かじかのこゑの 徹るをききぬ

摺針越抄

かぎろひの 春山ごえの 道のべに 赤がへるひとつ かくろひにけれ

木の間がくり 湧きでしみずは おのづから ここの坂路に ながれ来たりし

近江路の 夏の来むかふ 山もとに ひとりぞ来つる 漆を摘みに

番場いでて 摺針越を とめくれば いまこそ萌ゆれ 合歓の若葉は

閑居吟

さ夜ふけゆきて 朱硯に がひとつ とまりて居るも 心がなしも

さみだれて 畳のうへに ふくを 寂しと言はな 足に踏みつつ

をさなごの 熱いでて居る 枕べに ありし櫻桃を 取り去らしめし

さみだれも 晴間といへば 焼けし書 つらなめ干せり あはれがりつつ

あつぐるしき 日にこもりつつ 居たりけり 黒きダリアの 花も身に沁む

逢坂山

春逝きし 逢坂山の 白き路 きのふもけふも ひたに乾ける

ひるがへる 萌黄わか葉や 逝春の ひかりかなしき 逢坂を越ゆ

砂けむり あがるを見つつ 午すぎし 逢坂山を くだり来にけり

逢坂を わが越えくれば 笹の葉も 虎杖もしろく 塵かむり居り

あふさかの 関の清水は はしり出の 水さへもなし 砂ぞかわける

蝉丸の 社にたどりつきしとき 新聞紙をば 敷きてやすらふ

春ふけし 逢坂山の のぼりぐち 生ふるあらくさに 塵かかりけり

逢坂山の 道のべに ながれけむ 砂のかわけるを 吾は踏みける