和歌と俳句

齋藤茂吉

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箱根漫吟

しづかなる 峠をのぼり 来しときに のひかりは 八谷をてらす

ほそほそと とほりて鳴ける 蟲が音は わがまへにして しまらくやみぬ

こほろぎは 消ぬがに鳴きて ゐたりけり 箱根のやまに 月照れるとき

まなかひに 迫りし山は さやかなる 月の光に 照らされにけり

山なかの あかつきはやき 温泉には 黒き蟋蟀 ひとつ溺れし

いそぎ行く 馬の背なかの 氷より しづくは落ちぬ 夏の山路に

たまくしげ 箱根の山に 夜もすがら 薄をてらす のさやけさ

さやかなる 月の光に 照らされて 動ける雲は 峰をはなれず

をさなごの 茂太があぐる とほりごゑ 谿を幾つか 越えてこだます

秋ふかき おもひこそすれ しかすがに 夕雨はれて 蟋蟀きこゆ

谷つかぜ いきほひ吹けば 高原の なみよる 狭霧のなかに

わがむかふ 鷹巣山の 黒きひだ 地震ゆりしより かはりたりとふ

あらはなる 石原のうへを あゆみ居り 硫黄ふきたつ まなこに沁みて

ほそほそと 土に沁みいる 蟲がねは 月あかき夜に たゆることなし

しづかなる 光は夜に かたむきて おどろがうえの 露を照らせり

たまくしげ 箱根の山は きはまらず この湖を よろひけるかな

をさな兒は 手をひたしつつ 居たりけり いさご動きて 湧きいづる湯に

葛の花 さきぬるみれば みすずかる 信濃に居たる ころしおもほゆ