和歌と俳句

齋藤茂吉

10 11 12 13 14 15 16 17 18 19

わが友の いのちをはりし この村の 公孫樹はすでに 落ちつくしたり

しづかなる 朝にもあるか みづうみに 冬の靄こそ たなびきにけれ

霜いたく 降りたる朝の 丘のうへ 竹村のなかに 水たぎちつつ

そのかみに 織田の軍より やぶられし 城あとどころ 霜がれにけり

あまづたふ 日の入りゆけば 涯とほき 北空にして 濁るいろはや

あはれなる 流されびとの 手弱女は 嫗となりて ここに果てにし

みすずかる 信濃の國の 高遠に かなしき墓を 吾も見つるかも

信濃路に 霜のいたきを 我は見し 柿の落葉にも 栗の落葉にも

みすずかる 信濃のくにの 高遠に 一夜ねむりて をあはれむ

晝ながら 悲しかりとふ 心にぞ 黄なる落葉に 照れる日のいろ

日もすがら 夜すがら落ちし 公孫樹葉は こがらし吹きて ここにたまりぬ

冬の夜は 音なかりけり さ夜ふけと ふけゆくときに 土氷らむか

ゆふまぐれ くろくなりたる 灰に降る 時雨の雨は さむくもあるか

あわただしき 世に生くれども 心しづめて 紙帳にこもる 冬になりたり

日もすがら 落ちてたまれる 公孫樹葉は さ夜ふけにして 音もこそせね

ふゆのいかづちのとどろける さ夜なかに わが大王は 息たえたまふ

おほきみの つひの御いのち 白雪は 天の原より ながらふるなり

あかねさす 日は照らせれど くにたみの なげききはまりて くらきがごとし

み民らは つどひ額ふし あめつちの くらきがなかに たどき知らずも

大王の つひの行幸や きさらぎの こほれる道の おとぞかなしき

かがり火は 寒きちまたに 燃ゆれども こよひの行幸 かへりたまはず

きさらぎの 氷れる道を きしりゆく 御柩ぐるまの おとは遠そく