和歌と俳句

齋藤茂吉

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月山に はだらに雪の 残れるを 三人ふりさけ 心楽しも

黒々としてつづきたる 森の上に 月山の膚 斑に見えそめつ

死のごと しづまりかへる 沼ありて ゆふぐれ空に 啼くほととぎす

山がひの 夏のゆふべに 立つ風に 青くさやけき 草々なびく

夕闇は ほのあかりつつ 山のうへに あはあはと大き 月いでにけり

朝くらく 志津を立ちいで 道いそぐ 川を渡れば しぶきに濡れつ

大井澤 わたらむとして 岩魚釣り その帰り路の 山びとに逢ふ

鳴澤の 音聞きながら あまつ日の 未だのぼらぬ 石ふみわたる

湯殿山 一の木戸なる 薬湯の あつきを飲みて いろいろ話す

湯いづる 谷まの水に 水芭蕉 ひいづにひいづ ゆゆしきまでに

水芭蕉 生ふるを見れば 人いまだ 無かりしころの 草木おもほゆ

わが父も 母もなかりし 頃よりぞ 湯殿のやまに 湯は湧きたまふ

梵字川 とどろき落つる 岸に立ち われを育みし 父母しのばゆ

月山の 山のなだりに 雪げむり 日ねもす立ちて そのいつくしさ

さ霧たつ 月讀の山の いただきに 神ををろがむ 草鞋をぬぎて

ひさかたの さ霧に濡れて ひたぶるに 月山の道 くだりくだりぬ

月山を くだりくだれば やうやくに さ霧の雨に 逢ふこともなし

ひたぶるに くだりくだりて 羽黒山 森は見ゆれど 遠くもあるか

眼したに 羽黒の森は 見えぬれど 行著きがたし 共に疲れぬ

しづかなる 羽黒の山や 杉のまの 石の階を 匍ひつつのぼる

神います 羽黒の山に のぼり来て わが身は清し 汗をさまりぬ

みちのくの 出羽のくにに 三山は ふるさとの山 恋しくもあるか

心和に のびのびとして 見はるかす 鳥海山は晴れ 月山くもる

東風 ふきつのりつつ 今日一日 最上川に白き 逆浪たつも

海にちかづく 最上川とし 思ほえど いまだ鋭き 流たもてり

新庄に 汽車のともるも なつかしき 此國びとの おほどかのこゑ