和歌と俳句

齋藤茂吉

12 13 14 15 16 17 18 19 20 21

うつし身は 現身ゆゑに なげきつと おもふゆふべに 降る寒のあめ

あわただしく 起伏すわれに 蕗の薹 くふべくなりぬ 小さけれども

はやりかぜ 癒えかかりつつ 冬の夜の 冴えたる月の 光をぞ見し

をさなごは 「なるほど」といふ 言おぼえて 朝な夕なに しきりに使ふ

観音の 高きいらかの 北がはは 雪ははつかに 消え残りけり

人だかりの なかにまじはり うつせみの 命のゆゑの 説法を聴く

浅草の きさらぎ寒き ゆふまぐれ 石燈籠に ねむるとりあり

川蒸気 久しぶりなる おもひにて あぶらの浮ける 水を見て居り

みちのくより 稀々に来る わが友と 観音堂に 雨やどりせり

あづさゆみ 春ふけがたに なりぬれば みじかき蕨 朝な朝な食ふ

きさらぎは そこはかとなく 過ぎ行けり わが北窓のべに 砂たまりつつ

現身の われ死ぬるとき 気味よしと おもはむ人は 幾たり居むか

岩代に むかへる山の 起伏は 々として 此處よはるけし

しげやまの うへにまぢかく 見えてをる 蔵王の山は 雷なりわたる

春ふけて 最上だひらの 女らも ここの温泉に うたをうたへり

消のこりし 雪のはだれは みちのくの 蔵王の山に けふも見るべし

雪きゆる 蔵王谿より ながれ来て 川遠じろし 見おろしにけり

みすずかる 信濃のくにの 山がひに 声さやさやし 飛ぶほととぎす

五月雨の 雨の晴れたる 夕まぐれ うなぎを食ひに 街にいで来し

はりつめし 吾の心を 歌よみに うつつ抜かすと 人なおもひそ