和歌と俳句

齋藤茂吉

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朝鮮の 舞のちひさき 冠よ 健康なる女体の 額のうへに

白き領巾 ひるがへりける 悲しさを しばし心に 秘めむとぞする

おもほえず 彼女ちかづき 来りつつ 三米突余 ばかりになれり

崔承喜 まなこを閉ぢて 歎くとき その面わより 光だつはや

みつみつしき 女の舞の ひとしきり をはりて吾は うつむきて居る

ゆふまぐれ 陸のはたてに つづきたる 曇に触りて わたつ白波

とどろきは 海の中なる 濤にして ゆふぐれむとする 沙に降るあめ

いのちもて つひに悲しく 相せめぐ ものにしもあらず 海はとどろく

海中は 沖といへども 暮れかかり 巌のめぐりの 濤さわぐ見ゆ

巌むらは 黒きながらに 見えて居り 浪のみだれの 副へてもとな

やうやくに 闇にならむと せしばかりに 雨降る海に 波たちさわぐ

安房のくにの 燈台の燈の 廻転を ややしばし見て 心足りをり

ゆふぐれに なりておもおもと 海中に 湧くうづ潮に 飛ぶ鳥もなし

酢章魚など よく噛みて食ひ 終へしころ 降りみだれくる 海のうへの雨

巌こゆる 濤といへども 時の間の その鋭きを 忘れかねつも

夜もすがら 疾きあまつ雲 うごけるを 見ることもなく 眠りてゐたり

おのづから 聞こえ来るは 鈍くして 海中のよる 明けむとすらし

わたつみに 向ひてゐたる 乳牛が 前脚折りて ひざまづく見ゆ

あめつちの 出で入る息の 音にして 真砂のはまに 迫むる白波