和歌と俳句

齋藤茂吉

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タイ国の 砂とおもひて 身にぞ沁む 宵々に米より 砂ひろはしむ

いろ赤き 砂もまじりて 遥かなる 洋の彼方ゆ 来つる米はも

配給を 受けたる米を 愛しみつつ 居りたるなべに 砂ひろひけり

まじりゐる 籾をし見れば 細長く わがくにぐにの 籾ごめに似ず

底ごもり 安からぬものの 伝はるを われ否定して 米袋解く

ひとり子を 嫁がしむとて わが兄は 北見の山を 越えつつ行けり

ただひとりの 少女はぐくみ わが兄は 年老いてより その子手離す

北見なる 野付の町に ふた夜寝て 兄はひとり子を 今嫁がしむ

おのづから 子より離れて 年老ゆる その寂しさを 言ふこともなし

真少女に なれる一人子 手ばなして しづかに老ゆる 兄をおもへり

碧きいろ あやしきまでに 深くして 佐渡相川の 海の潮さゐ

海草の おふるがなかに 流れくる うしほの渦も 見るべかりけり

潮なわの たゆたふ海の ふかきいろ 巌めぐりて あおぎりわたる

波の寄る 佐渡の浜べの さざれいし 色ににほひて かぎりも知らず

佐渡の浜の くれなゐの石 かなしきまで 吾は手に持つ そのひほへるを

春ふけし 佐渡の入日は わたつみの 線ひく雲に 入りてゆきたり

海にいたる 小谷がありて おち入れば 常ふかぶかと とどろける浪

いささかの すなどり村に 広場あり 寺も共同井も 其処にありける

北狄と いふ部落あり そのしたの 海もとどろく 巌のひまに

相川の 金鉱山の ひびきをも 真近に聞きて のぼり来りぬ