和歌と俳句

齋藤茂吉

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鰻すら

この部屋に いまだ残暑の にほひして つづく午睡の 夢見たりけり

われひとり 下りたちくれば 亂れがはし 野分すぎたる この庭のさま

銀杏が おびただしくも 落ちてゐる み苑をゆけば 心たひらぐ

ひと老いて 何のいのりぞ 鰻すら あぶら濃過ぐと 言はむとぞする

こほろぎの 鳴く山中に 吾は居り 杉の木下を 吹きとほる風

歳晩

春さむく わが買ひて来し 唐辛子 ここに残りて 年くれむとす

平凡に 冬至となりぬ つきつめて いたし方なき 吾ならなくに

返りごと するさへ吾は もの憂くて 長らふる時に 年ゆかむとす

香の物 噛みゐることも 煩はし かかる境界も 人あやしむな

枕べに 書物数冊 おきながら 塵はかかりて 一月は来む

北見なる 七十三歳の わが兄は 醫業をやめて 年くれむとす

今年は 幾首の歌を 詠みつらむ みづからも知らず 歳晩となる

哀草果 贈りくれし綿入 われは著て あたたかき午後 をりをり脱ぐも

西方の 基督教國の 人々も 新年めでたと 葡萄の酒を飲む

老いといふ この現なる ことわりに 朝な夕なは 萬事もの憂く

大石田の 病このかたの ねがひにて われの来れる 憲吉墓前

こゑあげて われは言はねど つゆじもの 降りゐる見れば 涙ぐましも

十年へて つひに来れり もみぢたる 鴨山をつくづくと 見れば楽しも

おそらくは この心境も 空しからむ わが食む飯も 少なくなりて

くさぐさの 事うかび来て ねむられず アララギのことも 過去になりたり

さげすまるとも恐れず 老いたれど 貧しき時に 長き息する

置きざりにして来りたるものありと 思ひいづれば 京の夢ひとつ