和歌と俳句

齋藤茂吉

1 2 3 4 5 6 7 8 9

歸京の歌

みちのくの 最上川べを 住み棄てて 歎かむとして 来しわれならず

この體 古くなりしばかりに 靴穿きゆけば つまづくものを

紅療治 ありしところと 思ひ出る 道をくだりて 東京裁判の門

感恩は 年老いてより 切なりと いにしへびとも 言ひたりや否

一國の ことにかかはる 悲歎をも 吾はしたりき 燈火消して

浅草の 観音力も ほろびぬと 西方の人は おもひたるべし

あきらめむ 心をりをり ひらめくを 再建の國の なかにておもふ

編隊の戦闘機 いなづまの如く行く 今は武器とし 思へざれども

ドラム鑵にて 入浴したる 安楽を あぢはふごとく 坂くだりくる

三年の あひだ見ざりし 焼都市の 見附より 葬送行進の曲

二十五年の 過去になりたり 勝ちし國の 一人なるわれ ミユンヘンに居き

東北の 町よりわれは 歸り来て ああ東京の 秋の夜の月

残年は あるかなきかの 如くにて 二階にのぼり 眞晝間も寐ぬ

御苑

もろ草の 霜に伏したる さやけさに 吾等は行けり 御苑の中を

天皇の あゆみたまはむ 冬苑を 吾等も行きつ あなかしこかしこ

雉子啼く ここのみ苑に まゐり来て 老いのこの身も まなこかがやく

冬のひかり 沁むこの苑に 雉子啼き わが大君は もとほりたまふ

霜しろき こののぼり路を わが天皇 ゴムの長靴 はきて歩ます

ひといろに 冬がれわたる 高萱の 春をし待たむ 園を行きつ

み冬つき 春のきむかふ 苑の木の 細々し秀枝も くれなゐだちて

鴨どりが ねぐらとしつつ 安寐せし 平和のみづ そのかしこさよ

大君の います眞ぢかく 光りつつ 蛍とぶとふ ことのさやけさ

久方の 天にむかひて とどろかむ いづみもがもな ここのみ苑は

すくやかに いまし給はな 微かなる 臣ここにまゐり来て 立ちてこひのむ