和歌と俳句

高浜虚子

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寝られざる闇に描きし牡丹かな

我入れば暫し菖蒲湯あふれやまず

郷音をなつかしみ行く花茨

花茨かぶさりかかる野水かな

花茨此道行けば城下かな

明やすや響きそめたる老の咳

古書の文字生きて這ふかや灯取虫

威儀の僧扇で払ふ灯取虫

うち立てば利根の風あり田草取

清風に尚ほ居るや一二匹

古蚊帳の月おもしろく寝まりけり

浅ましき昼の蚊帳を見せまじな

暑し更に散歩を移すなる

甲板にいつも空き居る籐椅子かな

海風に吹きゐざりたる籐椅子かな

唯一人船繋ぐ人や月見草

夕立の池に足洗ふ男かな

夏帯にはさみ没せし扇子かな

舵取りて傾く舟の日覆かな

今一つ奥なるに九十九折

草がくれ麗玉秘めし清水かな

庭の石ほと動き湧く清水かな

いと軽き洗ひ晒しの古浴衣

橋裏を皆打仰ぐ涼舟

日焼して竝び出づるや松の門

百官の衣更へにし奈良の朝

セルを着て病ありとも見えぬかな

各々の薔薇を手にして園を出づ

今朝も亦露のさうびをはさみけり

徐ろに歩を移し剪るさうびかな

鵜飼見の船よそほひや夕かげり

松風に騒ぎとぶなり水馬

なつかしきあやめの水の行方かな

よりそひて静なるかなかきつばた

夕立の虹見下ろして欄に倚る

大夕立来るらし由布のかきくもり

くづをれて団扇づかひの老尼かな

此方へと法の御山のみちをしへ

客の座に朱の漆のの桶

日焼せし旅の戻りの京の宿

わだつみに物の命のくらげかな

なく聲の大いなるかな汗疹の兒

懇ろに寝冷えの顔を化粧けり

はなびらの垂れて静かや花菖蒲

姉妹や麥藁籠にゆすらうめ

の莖の長さや山の池

川船のギイとまがるやよし雀

取る法被の袖をかかげつつ

繪扇にかくしおほせし面輪かな

落語聞く静かに団扇使ひつつ

うち笑ひ団扇づかひのせはしなき

清瀧の橋の上まで日蔽かな

岩の間人出てを仰ぎけり

浴衣きし我等を闇の包みつつ

広告の行燈通る橋すずみ