福井は三里ばかりなれば 夕飯したためて出づるに 黄昏の道たどたどし
ここに等栽といふ古き隠士あり
いづれの年にや江戸にりて予を尋ぬ 遥か十年余りなり
いかに老いさらぼひてあるにや はた死にけるにやと 人に尋はべれば いまだ存命してそこそこと教ふ
市中ひそかに引き入りて あやしの小家に夕顔・へちまのはえかかりて 鶏頭・箒木に戸ぼそを隠す
さてはこの内にこそと 門をたたけば 侘しげなる女の出て
いづくよりわたりたまふ道心の御坊にや
あるじはこのあたり何某といふ者のかたに行ぬ
もし用あらば尋たまへ
といふ かれが妻なるべしと知らる
昔物語にこそかかる風情ははべれと やがて尋会ひて その家に二夜泊まりて 名月は敦賀の港にと旅立つ
等栽もともに送らんと 裾をかしうからげて 道の枝折りとうかれ立つ