和歌と俳句

島木赤彦

野の中に 暮るる一つ家 いやましに のなかに 静もれるかも

凩の 吹きしづまれば 瀬の鳴りの いづこともなし 廣き野なかに

冬山ゆ 流れ出でたる ひとすぢの 川光来も 夕日の野べに

人に告ぐる 悲しみならず 秋草に 息を白じろと 吐きにけるかも

犬蓼の くれなゐの茎は よわければ 不便に思ひ 踏みにけるかも

遠どほに 冬枯の道 のぼり来て 火の山の下の 驛なりけり

褐色の 草枯の上に いささかの 草屋根いよよ かわき光れり

冬枯の 山田の畦の 幾段に 夕日のかげる 静歩みかも

敷藁に 滲み出でし泥は 夕づく日 未だ明けど 氷りけるかも

藁の上に 竝べて下駄の 乾してあり 小さき赤緒も 氷りたるかも

のふる ひとつ草家の 赤き灯が ほうと點きぬる 夕なりけり

木のなかの 赤き灯つつむ おぼろ雪 いよよ静に 降りつもるかも

いとどしく 暮れかわきたる 空気のなか 芒は白く 摧けんとすも

夕まぐれ わが顔のへに 芒の穂 いたも白める 空気のひびき

夕寒き 芒がなかに 入りてゆく おのが姿の 黝くもあるか

はるばると 空に向ひて すぼめたる 眉に光引く ひとつ星はも

山驛の 夜のひびきを しづめつつ 笛鳴りにつつ 遠去りにけり

停車場に 銭をかぞふる 老人の 手の灯明りに 笛きこゆなり

みちのくへ 逃げてゆくとふ 少女子と 話なくなり 笛きけるかも

ゆゆしくも 搖れ流らふ 霧の流れ 傘をかたむけ 雨にならんとす

とよもせる 都会の中に たまさかに 廊下を通る 足音きこゆ

廣らなる 街の夕焼 屋根ちかく いや焼けさかり 寂しくもあるか

親と子と 寂しきときは 蚊帳ぬちに 枕ならべて 寝て語り居り

父はけふ 國にかへると 聞きわけし 幼き顔を 見てやりにけり

俎の 魚いきいきと 眼をあけり 暮れ蒼みたる 梅雨の厨に