和歌と俳句

島木赤彦

小さなる魚の命の断たるればうつくしき血は流れながれぬ

夕ほろほろ赤罌粟の花こぼるれば死なせし魚に念佛まうす

さ蠅らと寄りあひて住める六畳の空気にたまる夕日の赤き

きよらかに拭はれにける板上に女の稚足の光り動きし

丘の下市街の屋根は雪降れば昼ひそやかに歌ひ終りぬ

丘の雪はだらに今は晴れたればはゆげにしつつ見る眼かな

闇深く入りきはまれり今生に口外はせぬこの心かな

妻も我も生きの心の疲れはてて朝けの床に眼ざめけるかも

古家の土間のにほひにわが妻の顔を振りかへり出でにけるかも

雪とけて遠あらはなる地の平らさむく小さく日は没らんとす

國境とほのぼり来し野の上にほかり白きは辛夷の花

家かげは霜凝る土のかたまりに嵐吹きつのり明るかりつも

凩の宿に屏風を立てまはし灯を明くしていかにかはせん

思ひかね路地を入り来れ雪どけの泥はおどろに明るかりつも

ぬば玉の夜は一時を過ぎたらん櫻の庭に拍子木ひびく

昼ふかき櫻ぐもりにするすると青き羽織をぬぎし子らはも

落葉松の萌黄の芽ぶきけぶりつつ日はたけなはとなりにけるかも

寂しさよ山ざくら散る昼にして五目ならべをすると告げ来し

書物さげて戻り来ればさくら散る山中のはがき届きてゐたり

梅雨真昼鼻のそこひのむず痒し嚏をせんと口洞あくも

ゆゆしくも神鳴らんとする空気のいろ燕ちらと舞ひひそみたり

日はたけなは黄にからびたる豆の葉にぴかりと搖るる遠稲光

起き出でて蚊帳ぬちの蚊を焼きにけり蝋燭の火を持つ夜は深し

子どもらの寝顔竝べり黄色の火をうごかして蚊の翅追ふも

桑の葉の茂りをわけて来りけり古井の底に水は光れり