和歌と俳句

與謝野晶子

しろがねを芒も延べぬ千年の頂の火にまがへんとして

阿蘇の阪母の後より行く子馬を見て俄かにも家の恋しき

初冬か秋か知らねどおほらかに阿蘇の煙をいだく空かな

櫨の枝眉ほど葉をば残すなり筑後の川の浅葱の上に

那加川の海に入るなるいやはての海門橋の白き夕ぐれ

大海の波もとどろと来て鳴らす海門橋の橋ばしらかな

白波の布にすがりて荒磯の秋の初めの月のぼりきぬ

日のくれに安中きたり磯節を語り初むれば砂に露おく

日の昇り魔性の岩も砂山の踊のあともあらはになりぬ

安中の磯節よりも淋しけれ磯の名所の長き石段

二月の日昇るころに庇より煉瓦の塀に身を投ぐる雪

水仙は萎れし後も明星に似たる蕋をば唯中におく

君と在るくれなゐ丸の甲板も須磨も明石も薄雪ぞ降る

たまさかに大天地の瑠璃の壼蓋あけしかと白き月かな

鶯はみそらの日より来て鳴きぬ淡黄のいろのあけぼのの庭

朝より二月の春のくれなゐの太陽の子のうぐひすぞ啼く

あけぼのはうす紫にひるは紅夕はしろき山ざくら花

水の泡消ゆるごとくに一木の淋しき枝のさくらちるかな

初夏の日より金砂のこぼれきぬ人を思へる心の上に

水色と銀糸織りたる錦をばまとひて出づる初夏の月

紫のヒヤシンス泣くくれなゐのヒヤシンス泣く二人並びて

三日の月湯殿の口にほのかなり春の終りの花のここちに

紅椿石垣のごと重りて咲くなるもとのちさき菜園

火の鳥にうち護らるる王かとて今日も二人のことのみを云ふ

いちはやく皐月の風と薔薇の花女ごころを酔はしむるかな