和歌と俳句

與謝野晶子

日を待たず若葉の榛の山なれば曙つくる山はみづから

伊香保山湯の流よりかんばしく甘く苦しくほととぎす啼く

雲よりも淡き色する榛の木の若葉の山に君と来しかな

旅人の夜話なども止むころの廊下になびく温泉の靄

枝となく幹ともあらずさあをなる落葉松の初夏の山

雪かづく穂高の山と湖と萄葡茶の繻子のいたどりの芽と

なつかしくわが山駕籠の左より右にひろがるくろ髪の山

をちかたの七重の峰と対ひ咲く榛名の山山吹の花

榛名川みどりの絹のふくろより転びいでくる白玉を愛づ

百尺の高きところにわが見るは白き猛火の夏の山川

一もとの深山桜のめでたさに七瀬どよむと思ふ渓かな

唯あるは千年の巌杉木立榛名の神のみやしろの路

雫してくろ髪のごと美くしき洞にちるなり山ざくら花

伊香保風岩にあるよりゆらゆらと山吹靡く駕籠の上かな

浅みどり榛の若葉のつくりたる真洞の奥の熱き噴泉

清らにも梅なほ咲きて伊香保路の皐月の朝にうぐひすぞ啼く

浅みどり風にも散らんほのかなるはかなきいろの榛の一むら

物思ふ身にあらねども山の湯の靄に青くもつつまれぬわれ

心から身も世もあらず散りがたの淋しく見ゆる夏の花かな

踊らんとするも散るをば思へるも皆わが胸のひなげしの花

淋しきは淋しきままに心鳴る皐月の朝となりにけるかな

うすものを昼の間は着るごとし女めきたる初秋の雨

聖書にて智慧の木の実と読みたりし木の実食ひて智慧を失ふ

灯を置けば黄なる魚寄り遊ぶなり君と覗ける加茂の流に

去年見しは白き日輪この朝の東天にある紅き太陽