春の水君に馴れたる心ともわが思ひとも見ゆる夕ぐれ
火の端の見ゆと躑躅の花摘みぬ抑へんとする思ひある頃
わが上に春留まれと聞きつるや俄に薔薇は手にくづれきぬ
木蓮の散りて干潟の貝めける林の道の夕月夜かな
木の下の池菱形にほの白き春の月夜を忘れ給ふな
うつむけば暗紅色の牡丹咲く胸覗くやと思ふみづから
山ざくら夢の隣に建てられし真白き家のここちこそすれ
ただ一人柱に倚ればわが家も御堂の如し春のたそがれ
なまめきて散るかと思ふ春の雪われのやうなる掌より
砂の坂ななめに白き松山の朝の月夜にうぐひすの啼く
勝れたり畏しとして思ふこと或時はいと哀れなるかな
白よりも紅の椿の淋しさを知りて歎けば君もなげきぬ
夏の夜の鈍色の雲おし上げて白き孔雀の月のぼりきぬ
七つ八つ薔薇かたぶきて傍の竹も濡れたる朝の雨かな
白き罌粟見ればわが身も何となく病むもののごと哀れになりぬ
いと多く紅のにじめる蓼の花その草むらをわたる夕風
いくばくもあらぬ盛りにこの桜砂を浴ぶなり街に立つとて
卯月より皐月に移るおもむきを二十歳ばかりの人は知らじな
青鈍も代赭も濡れし秋雨の小き庭の上行くとんぼ
白椿紅のつばきの二やうのうらなつかしき光さす庭
わが庭の彼岸桜は巡礼のむすめの如し風吹けば泣く
菊さきぬ寒き思ひを持つわれに似たる淋しき白き顔して
春立ちぬまたけふののち仰がんも抑へられんもかの青き空
紫を二月に着れば心やや重く湿るもならひとなりぬ
紫を常にめでたき人も着てまばゆき春の初めなりけり