和歌と俳句

與謝野晶子

春の水君に馴れたる心ともわが思ひとも見ゆる夕ぐれ

火の端の見ゆと躑躅の花摘みぬ抑へんとする思ひある頃

わが上に春留まれと聞きつるや俄に薔薇は手にくづれきぬ

木蓮の散りて干潟の貝めける林の道の夕月夜かな

木の下の池菱形にほの白き春の月夜を忘れ給ふな

うつむけば暗紅色の牡丹咲く胸覗くやと思ふみづから

山ざくら夢の隣に建てられし真白き家のここちこそすれ

ただ一人柱に倚ればわが家も御堂の如し春のたそがれ

なまめきて散るかと思ふ春の雪われのやうなる掌より

砂の坂ななめに白き松山の朝の月夜にうぐひすの啼く

勝れたり畏しとして思ふこと或時はいと哀れなるかな

白よりも紅の椿の淋しさを知りて歎けば君もなげきぬ

夏の夜の鈍色の雲おし上げて白き孔雀の月のぼりきぬ

七つ八つ薔薇かたぶきて傍の竹も濡れたる朝の雨かな

白き罌粟見ればわが身も何となく病むもののごと哀れになりぬ

いと多く紅のにじめる蓼の花その草むらをわたる夕風

いくばくもあらぬ盛りにこの桜砂を浴ぶなり街に立つとて

卯月より皐月に移るおもむきを二十歳ばかりの人は知らじな

青鈍も代赭も濡れし秋雨の小き庭の上行くとんぼ

白椿紅のつばきの二やうのうらなつかしき光さす庭

わが庭の彼岸桜は巡礼のむすめの如し風吹けば泣く

菊さきぬ寒き思ひを持つわれに似たる淋しき白き顔して

春立ちぬまたけふののち仰がんも抑へられんもかの青き空

紫を二月に着れば心やや重く湿るもならひとなりぬ

紫を常にめでたき人も着てまばゆき春の初めなりけり