和歌と俳句

與謝野晶子

この頃のわが衰へを美くしと見るすべ時にうち忘れつつ

水色とみどりと紅の三つの色ほのかに残る心なりけり

折ふしは他界を覗き折ふしは紅友染となれるたましひ

花かをり鼠ことこともの噛める春の夜明のなまめかしけれ

文書けながなが書けと促しぬうすくれなゐのわが桜草

やはらかきアカシヤの葉の思はるる小雨の日かな東京にして

金銀の虫の啼くごと音を立つるオペラ通りの秋の夜の靴

行く春の夜明に近き庭を吹く風は樺茶のつばさなるらん

紅鷺の三つ四つ立ちて水草の葉にしら雲のうつる夕ぐれ

皿に剥く林檎の色とアカシヤの若葉の色と似てかなしけれ

その恋は横堀川の柳よりつばめの出づる趣に似し

四月来ぬ紺のはんてん着るつばめ憎きことなど云ひそなつばめ

紺青のわがかきつばた夕ぐれを深く苦しくいたましくする

うす色の牡丹の花のちるけはひ身に覚えつつ文かくわれは

水草に春の小雨のそそぐかな忍びてわらふ人のごとくに

散らす時はあまりましろしと寒げに云へる夕ぐれの風

大ぞらの灰がかりたる下に散る身も世もあらずかなしき

春の朝春のまひるも夕ぐれも淋しさつづくおのれとなりぬ

かろやかに羅のごと君はまつはりぬ腕の上に心の上に

わが君に恋のかさなる身のごとし白き薔薇も紅きさうび

面白や傷のある木もその傷をまろくつつみて冬に逆らふ

くれなゐの桃のつぼみを思ひつつ薬をのみぬ病める三月

西の京ふりさけ見れば靄立ちて浅みどり色なせる空かな

山椿鶯の尾の動くをば見てある時のかたへに紅し

わが外にまた人影もなき園のたそがれ時の連翹の花