いつしかもまぼろし人とあそび居ぬ細き雨ふる春のたそがれ
樽と樽中に二尺の板渡し草あそびせし春のおもひで
ささの葉のほほけしに似る額髪何としたるや今日は絵に描く
若き日は寝顔を人の見ると云ふおそろしきこと気づかずて居し
春寒し大木の上のうす雲の襟の中までおつる心地に
身の中に悲みの湧く筋などのあるここちして手をながめ居ぬ
あかつきの杉の木立の中を行く御裳裾川の春の水おと
木蓮の蕾光りてそよ風の吹く春の日となりにけるかな
海国の大船の帆にあられふる冬来にけらし厚ぶすまする
忘らるる痛さは更に思はるるむづがゆさより勝りたりけり
ばらの鉢かたぶきしまま夜の明けし師走の冬のあさましきかな
わが心日向にあるや蔭なるや雨に濡るるや風の吹けるや
冬の雨慄へて降れるそればかり心をぞ引くうき淋しき日
元日やうす紫を着たる膝われとも見えず春の空かや
今ひと度西の都の元朝を緋の帯しめてわれに練らしめ
わが踏みて板の廊下を鳴らすこそをかしかりけれ元日の朝
遠方に船の笛鳴る元日のたそがれ時に君へ文書く
うち日さす都の春の噴水の白きさまこそめでたかりけれ
元朝や十畳の間の片隅の白き机に肱つくわれは
大空の日の面をば濡らすごと菜の花に降る春の雨かな
十歳のわれ狐のまねし膝つきぬばらばらと咲く菜の花の畑
薮の下橋と菜種の黄なる花つづく処も春雨ぞふる
菜の花の上の空とぶ雲ながらわが息のごとさびしきいろす
西京の黒谷の寺その前の麦生まじりの菜の花の畑
寒きまで青き道かな六月の橡の林の青き道かな