和歌と俳句

與謝野晶子

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肩を垂れ 裾にそよぎし 幾尺は 王が手にさへ 捲かれじなとも

親もすてぬ 神もいなみぬ 夏花の 外に趣もたぬ 人の君ゆゑ

かへりみれば 君やおもひし 身をやめでし 恋は驕りに 添ひて燃えし火

棲みて三とせ 後は百とせ 中のひと日 犠牲にたまへと 来しや寂寞

こがね矢を そびらになせる 神将が むかふ軍か 君が行く奈良

集とりては 朱筆すぢひく いもうとが 興ゆるしませ 天明の兄

友染の 袖十あまり 円うより 千鳥きく夜を 雪ふり出でぬ

わが春の 笑みを賛ぜよ 霊人の 泣くを見ずやと ひまなきものか

牡丹とよぶ 花にまされる 子ならむや 恋がよそほふ 春の大王

湯の宿や 霧にとられし 朝鏡 山にいねしを わびても見たる

丘の上の 有明月夜 草の笛 つらしとわれを いにしにもあらず

われと歌ひ 自らほろぶ いのちにも 似るものなきを 誇らせむとや

二十すでに 君におもはれ 道の子に 否とこたへし 名にやはあらぬ

春の花は いまだ梅のみ しろき山 人の子ぼめの おん歌おほき

少女子の おもむきあるを あながふと 玉の御座を 売る子もあらば

自らを よしとたたへし 百首歌 あかずおぼさば かずそへ給へ

は 余寒のとばり あつう鎖し 朝ぬる窓は よぎらぬ鳥か

なほ恋ふとや のろひの弓の 弦に長き 琴の緒だきて まどへるのみぞ

あゆまじと 柳をひきぬ 眉のあたり 君が口なる にくきわが歌

紅梅の 花櫛すがた いつきえて 二尺にたらぬ 袖御眼なれし