和歌と俳句

與謝野晶子

凋落も春の盛りのあることも教へぬものの中にあらまし

激しきに過ぐと思ふは涙のみ多く流るる自らのこと

自らの寄辺なきこと太陽に似ると歎けば人咎めけり

高力士候ふやも目を上げて云ひ出でぬべき薔薇の花かな

重ぐるし春ことごとくわが上に残りとどまる心地こそすれ

熱き息わづかに中を通ふべき若葉の森となりにけるかな

こころにも柏の枝のひろがると夏をよろこぶ一人となりぬ

われの見て淋しとするはかきつばた菖滞がほどの藍の一はし

雛罌粟も身を逆しまになすはては萱の草より淋しからまし

たそがれの机の下に蛍居ぬ旅を終りし三日四日ののち

金蓮花そよ風吹けば砂山の紅蟹のごと逃げまどふかな

かぶろ髪振分髪の四五人の子を伴ひて春かぜ通る

わが心曇りぬ青かくれなゐか何れの塵の立ち舞へるらん

わが木立葉の黒ずみて淋しけれいつ華やかに秋風吹かん

目の前に淡雪ちりぬ何ごとも云はで死ぬると云ふ形して

森深くなりたる道に桃白く散るなり鵠の涙のごとく

靄立てば浴槽の底に桃李咲く園のありとも思ひけるかな

箱根路の湯阪の山に見出でたり白裳曳きたる春の佐保姫

やや遠く明星が岳かたはらへものよく語る七人を置く

渓川は雨に濁らずくれ竹の青き色しぬ百尺の下

涙をば受けんと思ふさましたりいとあさましや水晶の盆

美くしき人を泉に見し日よりナルシスと呼ぶ水色の壼

太陽の一日をもて終るべき花とも見えぬ紅蜀葵かな

紫苑咲くわが心より上りたる煙の如きうすいろをして

並木ども足爪立てて人を見る十月の夜の街をわれ行く