劫初より作りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ
王宮の氈を踏むより身の派手にわが思はるる落椿かな
下り来て淋しき庭を歩めるは冬に枯れたる木と見ゆる鳥
冬木立涙ぐみたる目に似たる頬白の羽見えてめでたし
いささかの朱泥の葉をばとどめたる木の枝うごく夕月夜かな
難破船二人の中に眺めつつ君も救はずわれも救はず
冬の夜の空のをかしく更けにけり薄き塩湯の味ひをして
わが友の薔薇に添へたる消息も師走に入ればあはれ短し
葉のくろみからたちめきしあさましき枝に冬咲く薔薇の花かな
夏草を盗人のごと憎めどもその主人より丈高くなる
女郎花山の桔梗をたをやめの腰ほど抱き浅間を下る
塩のごと白く崩れぬ高原や秋風が踏む山荘の土
雲湧けば直ちに雨すゆとり無き若き心の初秋の空
雲間よりむら雨零れ馬車濡るる明星の湯の前の庭かな
木蓮の蕾木の間に浮び出づいみじき春の鳥の形に
渚より大湯の靄の立ち昇り第一の坂つばき花散る
きりぎしの椿の花のあぢきなし紅を零すは百尺の下
紅椿伊豆の源氏のゆきかひし路山めぐり海を廻れる
伊豆の海限りも知らず繋がれる青藻と見ゆる底の石かな
伊豆の雨日の光にも通ひたり降れば椿の木立輝く
岬三つ重れるかな紫をこころのままに濃く淡く着て
都にて見たりし夢の続きをば見し哀れなる朝ぼらけかな
しののめは翡翠色の大島を焼かんと火をば放ちけるかな
太陽が金色の髪垂したる下に浮べり伊豆の初島
波帰る天城の嶺のしら雪のここより海へくづるる如く