和歌と俳句

與謝野晶子

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おそろしき 恋ざめごころ 何を見る わが眼とらへむ 牢舎は無きや

よろこぶと 発語たやすく 言ひ得たる 再会にしも 命かけけれ

おもかげや 小声いとよく しのびける 人こそ見ゆれ 春の灯かげに

夏の水 雪の入江の 鴨の羽の 青き色して 草こえ来る

今日も猶 うらわか草の 牧を恋ひ 駒は野ごころ 忘れかねつも

水の隈 うすくれなゐは 河郎の 夜床にすらむ なでしこの花

山をちこち 遊行の僧の 御袈裟とも 見えてはだらに 雪とけにけり

君めでたし これは破船の かたはれの 終りを待ちぬ ただよひながら

二寸ほど 高かる人と 桜の実 耳環にとりし 庭おもひ居ぬ

物おもへば なかにみじかき 額髪の しばしば濡れて くせづきしかな

隣国に 走り火さすな 鎮まれと 山を拝ろがむ 山禰宜達よ

判官と ゆるされがたき つみびとは 円寝ぞしける わび寝ぞしける

三月は 柳いとよし 舞姫の 玉のすがたを かくすと云へど

美くしき 漁の子なれば 海草の 紅き実あまた 瓔珞にして

まろうどは 野田の稲生を まろびこし 風あまた居る 室におはしませ

危かる 嶮岨を君と 歩む日も 丹の頬して居し 若さに復れ

壬生の寺 狂言はやす 後世人の なかに君見ぬ あけぼの染を

雲のぼる 西の方かな 雨あがり 赤城平は 百合白うして

ささやかに 花紋の綾の なかに居し 世づかぬほどを 見たまひし君

おほらかに 着のよろしもよ 夜のころも 更へてつけける ままに日ふれば