和歌と俳句

與謝野晶子

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君をおもひ 桜をおもひ 胸なぎぬ 八州見ゆる 灘の月夜に

六月の 強雨ぞはしる 平原の さまにも海の 夜はあけにけり

わが亡き人 驢馬に花して 帰りくと ふと思はれつ 春の夕ぐれ

天上の 善き日におとる 日と知らず おんいつはりの 第一日を

たわたわの かひなと白の 御衣うつる 八つ花形の かけ鏡かな

ほととぎす 東雲どきの 乱声に 湖水は白き 波たつらしも

あひ見れば 夕ゆきずりに 花を見し なま覚え顔 し給ふ君よ

怨じ人が 失声やまひに かはらむと 願文かかむ 皷のうらに

妬き日や わが本性の 人疎を 知りしとごとく 寝てはあれども

君に似し 花のかず植ゑ やはき羽の 牛酩色の 鳩やしなひぬ

白樺の 冬の立木の 水かげは 底つ宮居の 円ばしらして

友染の 袖うつくしや 洛西は 嵯峨にやどかれ 七つのくるま

かたはらに 自ら知らぬ ひろき野の ありてかくるる まぼろしの人

貫之も 女楽めされし 楽人も 短夜の帳の 四面に侍れ

何鳥か 羽音してきぬ あかつきの 茜のなかを 使のやうに

なにとなく さびしうなりぬ 相見ては あまりうれしと 語らふ子ゆゑ

戸をひけば にこやかにして 君います 四月の山の 木の花のさま

夏の雨 稲荷まつりの 引馬の 鞍うつくしく 雫するかな

常少女 百合の異名を 美くしみ 行くらむ友か 影のさびしき

久方の 天のいくさの 火箭おちて にほひするなり 罌粟の花原