和歌と俳句

與謝野晶子

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祖母君は 昨日と今日と 云ふごとく 十とせ十とせに 頬痩すとわびぬ

五六人 衣を裁てば 初夏の にほひするなり しろたへの絹

花となり 見る間に小く 真珠して 御目に入りきと われ知るべしや

美くしき かなたの天の 世をかけて 誓詞たまひぬ 春の夜の君

ほととぎす 赤城の山の すそにして 野高き草の 夕月夜かな

みづからの 腕によりて 再生を 得たりし人と うたがはで居ぬ

胸見に来 君が住めるは 玉の殿 神をいつくは 神さびし宮

春の海 潮時こしと 来し波の うへに富士あり ほのむらさきに

やごとなき 常精進の ひじりさび 五尺ばかりの くろ髪の人

冬ごもり たきものつめし 筥がらに みな歌書かせ もて去る君よ

君のせし 黄の大馬と わが驢馬と 並べて春の 水見る夕

黒けぶり きけぶりと まろび出ぬ 大船くると 島の陰より

八月の 湯漕に聞きし うぐひすの 山をおもひぬ 朝霧の街

ゆるし給へ 蛇の窟の 鍵えむと したまふ故に 愚かと云ひぬ

春の日は 梅の木原を 少女ゆく 西方にしも 落ちはててける

思はるる われとはなしに 故もなう むつまじかりし 日もありしかな

日の後の ほの赤ばみや 神無月 ぬるでの森に 似たる夕雲

水くめば 秋の日さしぬ わが妻の 放ちの髪の 細やかなるに

くれなゐの 丈なる円緒 たてまつれ 兎つながむ 春の小柱

浦やどり 沖の男の 声まねて 音頭とるなる あま少女かな