和歌と俳句

與謝野晶子

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夜の湖水 おほみなぞこに 名香を 焚くとし思ひ うす靄のして

山もとの 野焼のけぶり 人のむれ 風が持て居る 画の大きさよ

いまさずて もののけよると 灯をよびぬ 琴爪しろき 夕ぐれの雨

天地の いみじき大事 一人の わたくしごとと かけて思はず

人ならず いつの世か着し 紫の わが袖の香を たてよたちばな

金皷して 急使きたりぬ 胸の城 何むつかしき ものも見なくに

湯の泉 ゆめある人の 足に似て 白くちひさき 底の石かな

銀杏葉や かへりみすれば 風ふきぬ 下山の沙弥の 墨染の袖

夜のほどに 思しかはりて 船めさぬ 花の旅寝の おばしまの君

やすらかに 眠る他界の 消息に まさる歌なし ふる恋人は

十とせ見ぬ 笑みして少女 何おもふ ふたたび君を 見じと思へる

地の上の 北か南か 矮人の 国は日を見ず 九日ばかり

語らねば 夜がれ人とも 旅ゆきし 人とも憎み そふぶして居ぬ

山ざくら やや永き日の ひねもすを 仏の帳の 箔すりにけり

なにがしの 集に小町の 歌のみを そらんずと云ふ 老いたる君よ

秋の神 篳篥ふきぬ 夕まぐれ 永きねむりを 思ひ知る時

蓮きりに こよと玉づさ えし人の 船より来しを もてはやしけり

北嵯峨は 花柑子垣 ひくうして 琴柱しつつも 雨雲を見る

あらし山 名所の橋の 初雪に 七人わたる 舞ごろもかな

胸もゆる 火難の相と たれ云ふや 藤花に似たる 黒髪の人