一人は なほよしものを 思へるが 二人あるより 悲しきはなし
楽は つねに変ると 云ふ如く 桃いろの衣 上じろみつつ
立ちよれば 黒き車の 踏板に とんぼのうつる 夏の夕ぐれ
いと重く 苦しき事を わが肩に 負はせて歳は 逃足に行く
遠方の ものの声より おぼつかな みどりの中の ひるがほの花
あはれなる 疎さとなりぬ かりそめは かりそめとして 恨み初めしを
さてもなほ 余所にならじと 頼むこと 古きならひと なりにけるかな
秋くれば 腹立つことも 苦しきも 少ししづまる うつし世ながら
古さとの 小き街の 碑に彫られ 百とせの後 あらむとすらむ
わがかひな 人かいなぐり 打擲す この悪夢さへ 一人寝るさへ
あかつきの 竹の色こそ めでたけれ 水の中なる 髪に似たれば
百人の 馬鞍までも ととのへぬ 君を見る日の 輿守れとて
見ぐるしき わざと云ふとか 人の世の 掟の外の ことと云ふとか
数しらぬ われの心の きざはしを はた二つ三つ 彼や登りし
限りなく 思はるる日の 隣りなる もの足らぬ日の われを見に来よ
戸に寄りて 藁の管より 息を吹く 童きたりぬ きさらぎの春
しら梅の 一重の花の ちるころの 青空を飛ぶ 船もてまゐれ
夕立は 兄のものなる 斑黒の 赤革の鞍 ぬらして霽れぬ
温室の 棚とならまし 花おきて 一年眠る 棚とならまし
張交せの 障子のもとに 帳つけし するがやの子に 思はれし人