和歌と俳句

與謝野晶子

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みじか夜の しののめ近き 大路ゆく 靴の音こそ なまめかしけれ

いみじかる 道の掟を 仮名書に ならひし人は 誰ならなくに

ほとほとも 他事に埋もれ ありしこと 流星のごと 思ひ出しかな

悲しくも 恋わきまへぬ やからにも まさりて心 あらぶる夕

髪乱し 人来て泣きぬ うらがなし 豆のまき髭 黄に枯るる頃

憂きときに 泣きて思ふは 死にあらず 世の人並に そのかみのこと

けふはなほ わが情もて よろこびを みこころに呼ぶ 幸のあれども

青海に 冷たき秋の 水おとす 川二つある 腰越のさと

恨みおふ わが思ひ出は 黒檀の 箱なづるごと なつかしきかな

ものの筆 こころ進みて 書きたるが しぶるにひとし な詫びそね君

泣きまどひ うすき情を うらむ子に われを頼めと 云ひくらす人

おのれをば かたゐの子とも 高名の 人ともなにか 今はおもはむ

こし方は いとしも暗し その中に 紅き灯もてる わが二十の日

恋しとも 何とも云はず 見てあれば 恋のはてとも とり給ふ君

思ふ子は 相ならび行く 大ぞらの やうなる道を 風に吹かせて

ほこらしく 泥亀一つ たもとより とりて出すも 母方の叔父

おもしろき 夕ぐれなれば 戸を出でて 臭橙をとりて 預言者に打つ

天地も こころも家も 喪の如し 君がかへらむ その夕まで

あぢきなき 小胆者と なりはてぬ 君が妻とも ならばなるべく

いと軽く かきそこなひの 文のごと 昨日きのふを おもへる少女